fc2ブログ
 

法伝寺ブログ

幸せを願う

私たちは人のことには気づけても自分のことには意外なほど気づけないことがあります。自分の背中を自分では見られないように、いま自分がどんな顔をしているのかということも自分ではわかりにくいことのひとつだと思います。
不意に映った写真や動画の自分の顔や姿に驚いたことはないでしょうか。私は地下鉄の窓に映っている自分の疲れて暗い表情を見てびっくりしたことがあります。

不安、心配、不満、怒り、かなしみ、虚しさといったものが私たちの顔を自然と暗くしてしまいます。暗く険しい顔をしている人のそばにいたい人は少ないものです。ずっと暗いままでいることで孤独に陥ってしまうこともあります。反対に明るく優しい顔の人の周りには自然と人が集まります。

若いときの顔は贈り物で、その後の顔は自分の責任などといわれています。怒り続けている人が眉間にしわを刻み厳しい目つきになるように、ほがらかで明るい人が優しい目元や口元を作っていくように、どう生きるかが自分の顔を作っていくのでしょう。
どんな生きかたをして、どんな顔になりたいでしょうか。生きかたというと大げさな感じがしてしまうかもしれません。まずは、いまの自分がどんな顔をしているのかに気づき、本当はどんな顔でいたいのかと考えるだけでもいいと思います。

自分ではない誰かの幸せを願うとき、人はとても柔和な顔をしています。「元気でいてくれますように」「幸せでありますように」と相手を想い心から願うとき、そこに暗い顔はありません。誰かの幸せを願うことで、穏やかで優しい気持ちになることもできます。深い問題を抱えていたとしても、しばらくは安らかな気持ちになれるのではないでしょうか。

小さなことかもしれませんが誰かの幸せを願うというようなことや自分が笑顔になれそうなことから積み重ねていきませんか。
新しい年が実り多く、ほがらかな顔でいっぱいの一年となりますように願っております。 
スポンサーサイト